カワイ出版 第1刷
京洛の四季


男声合唱組曲「京洛の四季」について

 昨年の三月上旬、伊東恵司先生から「みなづき みのり」の筆名による何篇かの詩が送
られてきた。「多田さんに作曲をしてもらうことだけをイメージしながら、自身の感覚で
オリジナルの詩を書き下ろしたので、ぜひとも……」との主旨が鄭重にしたためてあった。
 伊東先生の指揮による合唱音楽は、折に触れ拝聴することも多かったし、電話で話す機
会もあったが、まだ一度もお会いしたことはない。しかし採り上げて頂いた私の作品の演
奏を聴いていると、その正統派的構築性と高度な技術力に、感服させられていた。しかも
私の作曲によるア・カペラ男声合唱組曲の特異性や変容性を、かなり以前から洞察されて
いた。これらを包含する伊東先生の構成力と、なにわコラリアーズ諸兄の呼応力の高さに
よって、一連の「ただたけだけコンサート」における演奏では、常に、かつ右肩上がりに、
詩人の詩情と作曲者の曲想による複合芸術の妙が展開されてきた。

 私が貴重な薫陶を賜った恩師である山田耕筰、清水脩、畑中良輔の諸先生方からは、「日
本の詩歌を歌曲や合唱曲にする時は、詩の中に、春夏秋冬・花鳥風月・喜怒哀楽・起承転結が、
巧みに、さり気なく隠されている詩歌を選べ」と異口同音に教えられた。そしてこの薫陶
を遵守して、六十年間作曲し続けてきた。それらの詩には日本人の魂が宿っていた。
 伊東恵司先生から頂いた詩を一瞥した時、この十六の文字が見え隠れしていた。市井の
中に一人の詩人がいて、多くの人々と同様に、肩を怒らすこともなく、春夏秋冬の移ろい
や花鳥風月の美しさを背景に、自らの追憶や喜怒哀楽に向き合いながらも、常に感謝の心
を抱きながら書かれたと思われる十ニカ月の詩があった。

 かなり長い組曲となったが、12の詩の間の配列の妙と、起承転結の構築性のおかげで一
気に書き上げることが出来た。京都生まれで京都育ちの詩人に因んで、標題を「京洛の四季」
とした。

                                    2015年10月
                                    多田武彦