組曲「雪の記憶」
    山崎澍朗作詩 早野柳三郎作曲

1.風よ
流れてくる風よ
わたしに
ひとひらの雪を運んでくれ

ひっそりと 木立の中に埋もれている
ふるさとの 御堂(みどう)の屋根に
降りつもった
あの 銀色の雪の中から
ただ ひとひらでよい

海を渡り
谷を渡り
野を吹き過ぎ
山を越えてくる
日本海の風よ
わたしの瞼(まぶた)の中(うち)にある
あの 白い郷愁を運んでくれ

2.雪の音
眼りかけた子供には 外(そと)に降る雪の音だけが
聞こえている

天空(てんくう)のはるか 果てから
舞い落ちる 幻の雪

幼かったあの頃に 夢見た雪は
柔らかな母にも似て
白く 淡かった

都会の屋根に時折り降る雪は
哀しく 冷たく
ひとときたてば あとかたもなく

ああ いまいちど
眠りかけた子供のように
しんしんと降る雪だけを
聞いていたい

3.雪の降る夜の
雪の降る夜の想い出は
あなたのまつ毛に落ちてきた
きさらぎの雪のひとひら

雪の降る夜の想い出は
蛇の目傘をさすあなたの白い指先
透きとおった爪の色

下駄の歯は 雪をかんでまるくなり
誰もいない町角で
歩けないわ……と寄りそった
あなたの肩のやわらかな重み

雪の降る夜の想い出は
遠く幽か(かす)かな夜まわりの声
はるかな駅のはるかな汽笛

その夜、 初めて唇をよせた時
蛇の目傘に はらはらと 雪の音

4.冬の終わり
遠い山嶺(やまなみ)を 落日の残照が
明るく染めている

誰もいない 冬枯(ふゆが)れの庭に
光は うすいさざ波のように ゆらいでいる

つめたい夕暮れ 低く流れる読経の声
冬の終わりのこの一刻(ひととき)

残照を受けて 舞い落ちる 金色(こんじき)の雪