組曲「陽炎と葬列」
    山崎澍朗作詩 多田武彦作曲

1.蝉と蟻
みんみんぜみの鳴き声に
遠い私の夏の夢
みんみんぜみの鳴き声に
いつか消えゆく昼の夢
(カンカン照りに
 つかの間の生命を
 思っている
 蝉、蝉、みんみんぜみ)
灼けつくしたる 日だまりに
じりりじりりと 蟻の列
灼けつくしたる 日だまりに
黙りこくった黒い列
(カンカン照りに
 雪の日を 思っている
 蟻、蟻、小さな蟻)

2.陽炎と葬列
陽炎がありました
ゆうらゆうらありました
近よって とらえようと
村の子供は追っかけました
追っかけても逃げてしまうから
-逃げ水-というのです

陽炎がありました
ゆうらゆうらありました
翳ってゆく 夕の太陽と
たちのぼる 夕の陽炎と……
昨日!
村の子供が川で溺れ死にました
今日!
晩鐘の中を葬列は音もなく
歩いてゆきます
陽炎といっしよに子供は消え
あとには
透きとおった夕焼けと
子供たちのうたごえばかり
(いちばん星みつけた……
 に-ばん星みつけた……)

3.さしのべる手に
頑是ない子供が死んだ
小さな指がない
円いほおがない
つぶらな瞳が遠くに逝った
あゝ
私には手をさしのべるものがない
滔々とながれる水に
渺々と広がる空に
夏の夕べの風が吹く
山脈はるか
稲妻走り
おどろおどろに雷がなる
胸に轟くその音に
かきむしられる心
青いトマトをかじっていた
泥んこで走っていた
服を着ないで逃げまわっていた
頑是ないお前!
さしのべる私の手に、かえれ!

4.夕べの砂山に
夕焼けの
海の浜辺で
貝殻をあつめていた子は
何処に行ってしまったのか
はらはらとこほれる砂の陰から
小さく顔を出した
海の住人よ
金色の夕陽をあびた
あわれ小さき貝殻よ
細く清らかな童子の指に
ひろわれたいとねがうのか
広大無辺の海の果てから
訪ね来た
あわれ小さき貝殻よ
いつかまた
童子の訪れる朝を
砂山の砂陰でひっそりと待つがよい
夕焼けの海の浜辺に
とり残された貝殻ひとつ

5.星のしずく
星のしずくに洗われた
名もなき仏のほほえみに
子供はそっとねむります
星のしずくのしたたりに
子供の夢は天の涯て

星のしずくが消えるとき
やがて朝陽がのほります
星のしずくは舞い落ちて
露置く花になりました