「陽炎と葬列」1970年(昭和45年)《男声》
作曲 多田武彦
『蝉と蟻』・『陽炎と葬列』・『さしのべる手に』・『夕べの砂山に』・『星のしずく』

                              多田武彦
 数年前、龍谷大学男声合唱団の委嘱で作曲した「観音」は、山﨑澍朗先生の
見事な詩と、龍大男声の名演奏のおかげで、演奏後、楽譜を欲しいと言って来
られる合唱愛好家が多かった。今回、再び同じ顔ぶれで組曲「陽炎と葬列」の
仕事が出来たことは非常に嬉しい。前作「観音」は、さまざまな角度から「観
音」に接する人々の心を描いたもので、いわば静態的な作品であったが、今回
のは、真夏に、水遊びの子どもを不幸にして失った親の悲しみとその悲しみが
次第に祈りの心に変わっていく動きを捉えた動態的な作品であった。そのよう
な内容だけに、前作以上に、門前の不肖私にも、詩の述べようとする精神を、
少しでも多く、曲の中に盛りこむことが出来たようだ。最初は四曲の構成で
あったが、完成後、何となく「陽炎と葬列」と「夕べの砂山に」の間に時間の
へだたりがありすぎたので、その中間に親の悲しみをそのままあらわせるよう
な詩をほしいと、山﨑先生にお願いした処、早速、この組曲の中で最も人間的
で、且つ、後半の祈りにつながる素晴しい詩が出来てきた。「観音」同様、こ
うした内容の合唱曲の演奏については抜群の表現力を示して来られた龍谷大学
男声合唱団の皆さん方により、名演奏が聴けると思うと今から胸がじいーんと
して来る。演奏会のご成功と今後のご発展を期待するとともに、この夏、日本
のどこかで不幸にして事故に遭われた幼い魂に対し、深い祈りを捧げ、ご冥福
を祈る。    (一九七〇年龍谷混声二五周年記念定演プログラムより)