メロス楽譜 M1001 第2刷
樅の樹の歌
作曲者のことば
多田 武彦
 私の29番目の男声合唱組曲「尾崎喜八の詩から」のレコードが出た翌年の早
春、このレコードを詩人尾崎喜八先生のご遺族のかたがたに聴いて戴こうとおも
い、事前にお許しを得て鎌倉明月谷のお宅に伺った。
 尾崎先生の奥様の實子さまとご長女の榮子さまから、「先生のことや、尾崎喜
八をこよなく愛する多くのかたがたのこと」を聴かせていただき、「あたたか
く、人間味溢れた、そして清廉な尾崎先生の詩風」に改めて納得させられて、そ
の年の最後の雪の舞う谷戸をあとにした。
 その後私は、尾崎先生の詩による男声合唱組曲を四つ作曲している。男声合唱
組曲『樅の樹の歌』は1989年、メンネルコール広友会の委嘱により作曲した。
 特に、第三曲目の「故地の花」の諸に、私は深い感動をおぼえつつ作曲した記
憶がある。この詩は「詩人が詩作のための旅行先から、酷暑の東京で留守をあず
かる實子(みつこ)夫人に宛てた形式」を取っている。高山植物「伊吹麝香草」の豊かな芳
香と共に、愛妻への心暖まるメッセージであった。
 終わりに、この組曲の出版にご尽力くださったメロス楽譜西野一雄氏に、厚く
御礼を申し上げる。
1997年5月