メロス楽譜 M1008 第5刷
東京景物詩
作曲者のことば
多田 武彦
1957年2月、初めて東京に移り棲んだ頃は、まだ生活状況も楽ではなく、休日
の天気の良い日などには、起伏に富んだ山手の町並みや、明治大正時代への郷愁
を感じさせる下町の露地などを散策するのが、唯一の楽しみであった。
 初めての東京住まいでもあり、東京の風物への印象を合唱組曲の形で残してお
こうと、詩人北原白秋先生の詩集「東京景物詩」(後に改題された詩集「雪と花
火」)に題材を求め、組曲「雪と花火」を作曲した。
 この時私は「京都大学の学生の項、雪の夜の下宿のラジオで聴いた『冬の夜の
物語』」をも作曲したかったのだが、組曲の構成上これを除外していた。
 しかし「明治大正時代への郷愁を感じさせるこの詩」を忘れ難く、それから34
年後の1991年になって、東京大学音楽部コール アカデミーOB会の委嘱を受けて
この「冬の夜の物語」を軸に、組曲「東京景物詩」を作曲した。
 詩人北原白秋の描く「耽美と哀愁の世界」は多くの日本人の心に、過ぎ去った
時代への仄かな郷愁を呼び戻してくれる。
 終わりに、この組曲の出版にご尽力くださったメロス楽譜西野一雄氏に、厚く
御礼を申し上げる。
1998年10月