メロス楽譜 M1009 第2刷
草野心平の詩から・第三
作曲者のことば
多田 武彦
 私が草野心平先生の詩に初めて作曲したのは1956年、組曲『富士山』であ
る。この曲は草野先生の詩の素晴らしさに支えられて、全国で愛唱された。
 先生の詩は剛胆な筆致から、繊細なタッチまでの様々な表現方法で書かれ
ており、また対象を鋭く直視する部分もあれば、オーバーラップ方式も駆使
されている。
1961年、慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団から新曲を委嘱され
たとき、草野先生の様々な筆致による絵画的な詩五篇を選んで作曲した。組
曲『草野心平の詩から』である。各曲間に脈絡は無かったが、行間にまどろ
む先生の絵画性と、畑中良輔先生の指揮による慶応ワグネルの名演によっ
て、無伴奏の男声合唱による五つの油彩は好評を得た。
 こうして私は、草野先生の詩による組曲を好んで作ることになり、前二作
に続き今日まで、『蛙』『北斗の海』『蛙・第二』『草野心平の詩から・第
二』『草野心平の詩から・第三』の七つの男声合唱曲を作曲した。
 今回上梓の組曲『草野心平の詩から・第三』は、関西大学グリークラブの
委嘱を受けて1987年に作曲した。この組曲も各曲間に特に脈絡は無いが、心
平流の様々な筆致が画面一杯に駆け巡る五つの油彩に、私なりの音楽を添え
た。特に第四曲「宇宙線驟雨(しゅうう)のなかで」は私の最も好きな詩の一つである。
 終わりに、この組曲の出版にご尽力くださったメロス楽譜西野一雄氏に、
厚く御礼を申し上げる。
1998年10月