メロス楽譜 M1012 第1刷
西湘の風雅
作曲者のことば
多田 武彦
 詩人大木惇夫先生は、大正10年に小田原に移住され、文筆生活に入られた。その
一年後、当時小田原に居られた詩人北原白秋先生の知遇をうけられることになり、
詩作生活への道も開ける。
 大正14年に上梓された大木先生の処女詩集「風・光・木の葉」の序文には、その
詩風について白秋先生の次のような記述がある。
 「君の詩は清々しい。さうして而も燐光の淡青色を潜めてゐる。また杏や梨の香
ひがする。君の感覚小景には雪中に光る螢の気品がある。柔軟で繊細で、而も粘り
強い蜘味の糸の光沢はまた、君の心身にも詩の韻律にも見られる。(後略)」
 昭和42年、明治大学グリークラブから新曲の委嘱があった時、私は大木先生の詩
の中から「武蔵野の雨」「雨の日の遊動円木」「雨の日に見る」を選び、他の三人
の先生の詩とともに、男声合唱組曲『雨』を作曲した。
 この組曲は30年以上経った今も愛唱されているが、前述の大木先生の詩風に感動
された方々も頗る多い。
 小田原男声合唱団は新世紀2001年に創立30周年を迎える。これを記念して新曲の
委嘱があった。そして「出来れば、小田原に所縁のある詩人の詩に作曲してほし
い」との要望もあった。
 私は迷わず大木先生の詩を選び、組曲の標題も「西湘の風雅」とした。2001年
は、私も藤沢に住み着いて丁度30年。小田原は勿論、この組曲の詩群にある「酒匂
川・風祭・鴫立沢・谷津」は、私にとっても馴染みの深い場所である。
 この組曲初演の指揮をしていただく外山浩爾先生は、私の多くの作品を名演奏で
初演していただいた。外山浩爾先生の御尊父の国彦先生は、「北原白秋作詩・山田
耕筰作曲」の多くの歌曲を日本中に広められた方で、何か不思議なご緑を感じる。
2000年10月