メロス楽譜 M1013 第2刷
藁科
作曲者のことば
多田 武彦
 静岡県安倍川の支流「藁科川の畔に、一軒の庵がある。1943年から四年半の
間、詩人中勘助先生が転地静養された家屋が、現在静岡市によって「中勘助文学
記念館」として、丁重に保存管理されている。
 中に入ると、今にも襖が開いて、矍鑠(かくしゃく)とした中先生のあの柔和な笑顔が現われ
そうな、そんな記念館である。
1958年、関西学院グリークラブからの委嘱作品として私が作曲した男声合唱組
曲『中勘助の詩から』は、関学グリーの名演と共に高い評価を受けた。
 翌年、母校の京都大学男声合唱団から三度目の新作の委嘱があった。前作は主
に中先生の抒情性豊かな美しい詩群を選んだが、この時は詩集「藁科」から、中
先生の人生哲学や人間愛のにじみ出る詩群五篇を選んで、男声合唱組曲『藁科』
を作曲した。
 京大男声合唱団の学生達による初演は、詩人の心をよく理解した名演であっ
た。更にその翌年、東京リーダーターフェルフェラインは、社会人中心の団員の
彫りの深い解釈と演奏によって、聴衆に深い感銘を与えた。こうしたことから組
曲『藁科』は、四十年経った今も愛唱されている。
 なお、今回メロス楽譜からの出版を様に、一部改訂をおこなった。
 終わりに、この組曲の出版にご尽力くださったメロス楽譜西野一雄氏に、厚く
御礼を申し上げる。
1999年6月