メロス楽譜 M1014 第1刷
遠い母に
作曲者のことば
多田武彦
 指揮者北村協一氏が2001年9月9日に古希を迎えるに当り、永年同氏の指揮で男
声合唱を歌ってきた有志諸兄から祝賀演奏会の為の新作の委嘱があった。そして
完成したのが大木惇夫の詩による男声合唱組曲『遠い母に』である。
1925年に上梓された大木惇夫先生の処女詩集の序文に、その詩風について北原
白秋の次のような記述がある。
 「君の詩は清々しい。さうして而も燐光の淡青色を潜めてゐる。また杏や梨の
香ひがする。君の感覚小景には雪中に光る螢の気品がある。柔軟で繊細で、而も
粘り強い蜘妹の糸の光沢はまた、君の身心にも詩の韻律にも見られる(後略)」
1967年、私は大木先生の詩の中から「武蔵野の雨」「雨の日の遊動円木」「雨
の日に見る」を選び、ほかの三人の詩人の詩とともに、男声合唱組曲『雨』を作
曲した。この組曲は、30年以上経った今も多くのかたがたによって愛唱されてい
る。
 私も昨年古希を通過した。「多田の爺さん、まだ古くさい手法で作曲している
よ」といった嘲笑を、馬耳東風と聞き流し「読者によって選りすぐられた日本の
詩歌と、西洋音楽の持つ古典的和声と楽式」によるア・カペラ男声合唱組曲を、
次々と作曲し続けている。
 北村協一氏も私も、昭和の一桁生まれ。大正末期に上梓された大木惇夫の詩に
は共感を抱く部分が多い。そうした中から、北原白秋の序文に見られる「清々し
い抒情と酒脱な風刺に溢れた」六篇を選んだ。
 「幼少時代から青春時代にかけての郷愁を呼び起こしてくれるようを詩群」に
「落ち着きの無い和声や構築性の脆い楽式を極力避けた楽想」をブレンドして、
ほのかに香る男声合唱に仕立てた。
 終わりに、この組曲の出版にご尽力頂いたメロス楽譜西野一雄氏に、厚く御礼
を申し上げる。
2001年9月9日