メロス楽譜 M1026 第1刷
Portrait de Famille(家族の肖像画)
作曲者のことば
多田武彦
 平成13年、宮崎県を中心に積極的な合唱活動を続けているフルトン男声合唱団
の指揮者甲斐勝利さんから、フルトン男声合唱団のクラブソングの作曲を依頼
された。
 詩は「この空と海に生きる」と適した宮崎在住の詩人南邦和先生が作られたもの
で、「蒼穹のかなた」「潮騒のかなた」等々の芳潤な語彙によって綴られた、宮崎な
らではのスケールの大きい風格ある詩情豊かなもので、これに相応しい楽曲を
作り上げることが出来た。
 平成17年、今度は新作の委嘱があった。詩については特段の指示がなかったの
で、私は迷わず南先生の詩に作曲したいと申し上げたところ、代表的な詩集の
いくつかが送られて来た。このうち特に私の心に残ったのは、家族に対する詩
人の飾り気のない深い愛情が綴られた詩群であった。同時に、その詩の背後に
見え隠れする「東洋的無常観」が、一層の感慨を与えてくれた。
 合唱組曲としての構成上、当初は「海」から「花冷え」までの五曲編成にしようと
したものの、どうしても終曲に安らぎの詩情が欲しくなり、近年南先生ご夫妻
がポルトガルを旅行された折りの紀行詩集「グラナダの犬」の中の「ロカ岬」を配置
した。
「ロカ岬」は首都リスボン西方の大西洋を一望できる巨岩の集まる岬で、世界的
にも著名な景勝地とされているが、永い年月の間にはさまざまな戦いや悲劇が
繰り返されてきた場所。しかし現在では数多くの歴史的事象から昇華されて、
そこに生まれ出てきた「無常観」や「世界観」が漂っていて、「眼前に広がる大西洋」
と「来訪者たちに与えられる花文字の証明書」と共に、この地を訪れる多くの旅行
者達を大らかに包み込んでいると聴く。「ロカ岬」を終曲に配置した結果、前5曲
での詩人の心に去来するご家族の軌跡が一層伝わり、感概深い作品を成就する
ことが出来た。
終わりに、この組曲の出版にご尽力くださったメロス楽譜西野一雄氏に、厚
く御礼を申し上げる。
2007年12月