メロス楽譜 M2007 第1刷
百たびののち
作曲者のことば
多田 武彦
 2006年3月13日、永年上智大学グリークラブを指導してこられた名指揮者・北村
協一氏が亡くなられた。後日上智大学グリークラブのOBと現役の諸兄によって、
北村協一メモリアルコンサートが催された。その中でもデュオーパ作曲の「荘厳ミ
サ」全8曲は格段の名演奏で、多くの聴衆に深い感動を与えた。
 この「荘厳ミサ」全8曲は、学生時代から名指揮看であった関西学院グリークラ
ブOBの林慶治郎先生が、卒業直前の1949年に関西学院グリークラブと共に本邦初
演されたもので、北村協一メモリアルコンサートに際しても、懇切丁寧に上智大学
グリークラブのOBと現役の諸兄を指導された。
 この成功を機に上智大学グリークラブOB有志を中心にこ往年の実力を復活させ
ようとの気運が高まり、約30年ぶりに新曲の委嘱があった。
 練習場に赴くと、往時の高水準のアンサンブルと流麗な旋律構築力が維持されて
いた。そこで詩人・三好達治先生の最後の詩集『百たびののち』 より六篇を選び作
曲を始めた。
 第一曲目には詩人が静岡県日本平を訪れた砌(みぎり)、北北東の富士山の遠望と、北東か
ら南東に俯瞰する駿河湾とを背景に、足下に広がる広大な茶畑を軽快に描いた「お
茶の木」。第二曲目には関東平野中部の名峰・筑波山の音と、花時の蓮田の紅とを
取り入れた東洋的色彩的幻想詩の「花はちす」。第三曲目にはこよなく藤の花を好
んだ詩人が、しばしば訪れた埼玉県春日部牛島の名木を描いた「牛島古藤歌」。第
四曲目には秋更けて唯一つ枝に残った果実に多くの友と死別した老人の心境を託し
た「残果」。第五曲目にはありきたりの夕暮れの様々な風景を眺めながら、自らの
来し方をとりとめもなく書き留めた「見る」。そして終曲にはほのかに鮮やかに、
しかし散りやすい山茶花の、それでも花弁は色褪せず、傍らの青木や時雨に濡れた
根方の土に留まりながら、死期を待つ姿の尊厳を描いた「寒庭」を配置した。
 私も79歳を越えた。この作品にはひとしお感慨が残った。
 終わりに、この組曲の出版にご尽力くださったメロス楽譜西野一雄氏に、厚く
御礼を申し上げる。
2009年8月