メロス楽譜 M2008 第1刷
東京景物詩・第二
作曲者のこ とば
多田 武彦
1954年に処女作・男声合唱組曲『柳河風俗詩』を書いてから80近い男声合唱
組曲を作曲したが、この中で最も多く作曲させて頂いたのが、北原白秋先生の
詩である。そして組曲『柳河風俗詩』に続いて、三つ目に書いたのが組曲『雪
と花火』である。1957年に初めて東京に移り住んだが、住居も食料も不自由
で、唯一緩やかな起伏と緑の多い街並を歩くことに心の安らぎを覚えた。東京
の風物への清々しい印象を何らかの形で残しておこうと思い、北原白秋の詩集
『雪と花火』(旧題『東京景物詩』)より四篇を選び作曲した。(この時「冬
の夜の物語」も加えようとしたが、力不足で叶わなかった)
 34年後の1991年に「冬の夜の物語」を軸として、北原白秋の東京での悲恋や
官能や風物の陰影に纏わる詩編を選んで『東京景物詩』を作曲した。
 さて私事ながら、現在79歳の私は生来の虚弱体質と加齢がもとで数年前から
体調不良で、主治医からは遠出などの外出禁止令が出ていたが、自室に籠って
の作曲活動は許されていた。「いよいよ余命幾許もないか」と考え「今のうち
に作品を書き残しておこう」と三年前から十一ほどの男声合唱組曲を作る計画
を立てた。
 この作業の途上、近年急速にその演奏能力と名声を喧伝されてきたOSAKA
MEN'S CHORUS(以下OMCという)との出会いがあった。常任指揮者の一人、
安井直人先生(大阪府立泉尾高校教諭・国文学ご担当)は御尊父ともども大の
北原白秋フアンで、詩や語彙の解釈等に多大のご助力を賜ったことから、組曲
『東京景物詩・第二』の初演をOMCにお願いすることとした。
 同じ詩集の中でも白秋先生が、実に冷静に客観的に急変貌を遂げる東京の風
物や人間模様を描かれた詩を選び作曲した。
 今年5月の初演はOMCの「乱れのない軟口蓋共鳴の発声」と「精微なアンサ
ンブル」によって、多くの聴衆を魅了し賞賛を得た。
 終わりに、この組曲の出版にご尽力くださったメロス楽譜西野一雄氏に、厚
く御礼を申し上げる。
2010年6月