メロス楽譜 M2012 第1刷
中也の四季
作曲者のことば
多田 武彦
 私事ながら、現在80歳の私は生来虚弱体質で、五年前頃から加齢に加えて怪我や病気に悩ま
され、主治医からは長距離移動や長時間の芸術鑑賞等を禁じられていたが、自室に籠っての適度
の作曲活動は許されていた。いよいよ余命幾許もないかと考えて「今のうちに作品を書き残して
おこう」と約十五の男声合唱組曲を作る計画を立てた。この中に中原中也先生の詩による男声合
唱組曲『中也の四季』を考えていた。
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 ところで私の二番目の弟・雅彦は、学生時代に同志社グリークラブに所属していた。その折
の親友が兵庫県加古川市の男声合唱団「風」に所属されていて、弟を通じて”男声合唱団「風」
から、同団への兄貴のメッセージがほしい、との懇請があったのでよろしく頼む”との連絡が
あった。不覚にも私は男声合唱団「風」の詳細を知らなかったので最近の演奏会のCDなどを
送って頂いた。男声合唱を熟知した高度な演奏能力を持つ合唱団であった。メッセージをお送り
してから数か月して「中原中也先生の詩による新曲の委嘱」があり、私は迷わず男声合唱組曲
『中也の四季』を完成させた。
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 中原中也先生の詩に初めて接したのは、私が旧姓大阪高等学校に在学中のこと。1947年運良
く旧制中学4年から大阪高校へ進学できたものの、同期の大半は旧制中学5年卒業の俊秀たち
で、私は自分の学力の劣性を痛感させられた。当時、国文学担当の犬養孝先生(故人・万葉集研
究の大家)は教え子たちのカウンセリングもされていて、相談に行くと、私が日本歌曲の作曲の
真似事を始めているのを知っておられた先生は、以下の詩人の詩の熟読を奨められた。北原白
秋、草野心平、中原中也、三好達治、堀口大学、立原道造、伊藤整、尾崎喜八などの諸先生の詩
に、大いに勇気づけられた。
 (これらの諸先生の詩による男声合唱組曲は私の作品の8割以上を占めているが、中原中也
先生の詩による男声合唱組曲は 『在りし日の歌』『中原中也の詩から』
『中原中也の詩から・第二』『冬の日の記憶』『中也の四季』の五作品)
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 中原中也先生の詩や心の奥底には深い悲しみや苦しみが旺溢しているが、その周囲には、常
に日本の美しすぎるほどの自然や風景が挿入されていて、それがまた一層先生の詩情を特色づけ
ている。そうした観点に立って春夏秋冬順に六篇野の詩による作品を構築してみた。今年6月の
初演では男声合唱団「風」の「徹底した軟口蓋共鳴の駆使」と「団員相互の歌声を聴きながらの
合唱によるアンサンブル」により、詩人の魂を見事に表現し、多くの聴衆から称讃を得た。
 終わりに、この組曲の出版にご尽力くださったメロス楽譜西野一雄氏に、厚く御礼を申し上
げる。
2010年12月