メロス楽譜 M2017 第1刷
歳月
作曲者のことば
1974年に尾崎喜八先生の詩にはじめて作曲したのが組曲 『尾崎喜八の詩から』である。尾
崎先生の清廉な作風に感動した私は1986年に組曲『尾崎喜八の詩から・第二』、1989年に組
曲『樅の樹の歌』、1991年に組曲『秋の流域』、1992年に組曲『尾崎喜八の詩から・第三』
を書き上げた。
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 2009年以降神戸男声合唱団とのおつき合いが本格的に始まった。送って頂いた過去の演奏
会のCDを拝聴して感銘を受けた。「団員の発声の共鳴点に整合性があったこと」「団員が歌
うだけでなく絶えず聞き耳を立てていて、西洋音楽の演奏に必要な構築性や合唱音楽の演奏
に肝要なアンサンブルが良く、また表現も正統的で外連味(けれんみ)がなかったこと」でこの資質を築
き上げた指揮者の勢志量一先生の力量や、団員各位のご努力は多大なものと拝察した。
 この頃私は17年ぶりに尾崎先生の詩による新曲に取り組んでいた。従来の「抒情性」や
「清廉さ」に加えて、先生の詩の特質である「人間性」「庶民性」「自然環境の保持」「宗
教の尊厳性」をも詠われた詩による組曲 『歳月』の作曲を始めていた。
 時を同じくして神戸男声合唱団から新曲の委嘱があった。組曲『歳月』は演奏時間23分の
5曲編成で「卓絶した解釈力と指導力を持った指揮者と、高度の合唱演奏技量」を持った神
戸男声合唱団が初演に最適と判断した。
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 第1曲「一年後」 逍遥を好まれた尾崎先生が、秋の猿ガ京温泉から北へ進まれた折、一人の少年
と出会い、その時の好印象を求めて翌年春、再度同じ道を辿りその子とその母親に再会した寸景を、
季節の流れの中にさり気なく書き留められた作品。
 第2曲「三国峠」 前曲の猿ガ京温泉から三国街道を経由して三国峠を越え、先生は越後に入られ
る。詩の中の「浅貝」「苗場」も三国峠や三国街道に近い。先生の詩としては比較的珍しく諧謔性の
ある作品。
 第3曲「春浅き」 東京都西多摩郡奥多摩町付近に三頭山があり、その麓の数馬温泉を訪れた先生
は、子供達の礼儀正しい態度に感嘆された。宿の人にそのことを話すと、この山里にいる若い先生が
「他人に会えば、その貴賎を問わず礼儀正しく応対すること」と常々子供達に教えているとのこと。
 第4曲「復活祭」 先生の詩にはキリストの受難や復活に燗するものが少なくない。有名な「受難
の金曜日」もその一つ。そしてこれらの詩は聖書の教えを正しく伝え、「永く迷い続けた歳月の後
に、自分にとってもこの日は再出発の原点」と結ばれる。
 第5曲「歳月」 人類に恩恵を与える文明も、時には自然破壊を呼び込む。心が痛み、思い出が傷
つけられても耳目を回転させればそれらを凌駕する悠久の自然美が在る。
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 昨年八十一歳を越えた私にも、若い時には深く理解できなかった事が少しずつ解って来
た。尾崎喜八先生の詩文は、そうした事の大切さをしみじみと伝えてくれる。
 終わりに、この組曲の出版にご尽力くださったメロス楽譜西野一雄氏に、厚く御礼を申し
上げる。
2012年1月