メロス楽譜 M2018 第1刷
花咲ける孤独
作曲者のことば
多田 武彦
 この作品を初演してくれた紐育男声東京合唱団のメンバーの多くは、学生時
代に男声合唱団で歌っていた人達で、卒業後ニューヨークに赴任して、かの
地で結成された紐育男声合唱団で、激務の間にも男声合唱を歌い続け、各々の
職業の垣根を越え友好を深めた。現地での勤務を終えて帰国後は紐育男声東京
合唱団を結成、旧交をあたためたり、後輩を招じ入れたりして合唱活動を続け
てきた。当初は「歌って楽しみ、練習後は盃を交わす男声合唱家の集い」で
あったが、「聴衆に感動を与えられる演奏をしよう」との気運が高まり、北村
協一先生(故人)の指導を受け、3年前頃から精緻なアンサンブルを軸とする
名演奏を聴かせてくれるようになった。
 この上昇気流に呼応するかのように、紐育男声東京合唱団から初めて新曲の
委嘱があった。団の長老級で永年の盟友の濱野憲衛氏から、詩人尾崎喜八先生
の15篇の詩が送られてきて、この中から数篇を選んで組曲を作ってほしいと
のことであった。
 濱野氏は関東地区における私の作品の愛好家・評論家で、私の作品の中か
ら、共通の内容のものをいくつか集めて、これに相応しい標題をつけ、定期演
奏会で取り上げて下さる仁。前述15編の詩は、初版以降再版される機会が少
なかったせいか、私自身は知らない詩が多かったが、全身に震えが来るほどの
感動的な作品ばかりであった。
 私が合唱組曲を作る際の定石どおり、まず終曲を「受難の金曜日」に決め、
冒頭の曲には「早春の道」を配し、第2曲目には苦労された時期の一端を描か
れた「車窓」を、第3曲目には「ご令室の愛馬との別離の涙」と「ジャンパー
と鳥打帽の岳父の姿」を中心に「木曽馬の馬市」の人間模様をほのぼのと描か
れた「木曽の歌」を、そして第4曲目には詩人の、亡父への追憶と追悼の思い
を描かれた「十一月」を構築した。
 尾崎喜八先生の清廉な詩風に感動して、私は1973年以降六つの男声合唱
組曲を作曲してきたが、今回もまた深い感動に包まれ、感涙に咽びながら作品
を書き綴った。
 終わりに、この組曲の出版にご尽力くださったメロス楽譜西野一雄氏に、厚
く御礼を申し上げる。
2012年4月