メロス楽譜 M2022 第1刷
みどりの水母(増補改訂版)
作曲者のことば
男声合唱組曲 『みどりの水母』(増禰改訂版)誕生記
多田 武彦
1973年から4年間、私は郷里大阪市に隣接する堺市に単身赴任していた。翌々年某日、当時京都大学経
済学部3回生の志水雅一さんが、私の職場を訪ねて来た。彼は京都大学グリークラブのメンバーで合唱
音楽について造詣が深かった。話の主旨は「来年京大グリーは創立10周年を迎える。この機会に多田
さんに新作を作曲してもらって、学生指揮者として初演をしてみたい」とのことであった。私は真筆に
語る志水さんの熱意にほだされて内諾した。
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 一方私は、1953年に京都大学法学部を卒業するまでは「将来はミュージカル映画の監督になろう」と
思っていたが、家庭の事情で銀行に就職した。学生時代に音楽の薫陶を受けた作曲家故・清水脩先生を
訪ね、「それまでの貴重な御教示への御礼・就職の報告・音楽との離別」を申し上げたところ、先生か
ら「日曜作家として一年一組曲を書き残して行けば‥‥・・」との助言を頂いた。爾後20年間に(勤務先
の二度の超繁忙期には作曲の中断を余儀なくされたが)約30の合唱組曲を作曲した。そして前述の単
身赴任時の休日に3年ぶりに創作を再開し、男声合唱組曲 『尾崎喜八の詩から』を書き上げた。更に詩
人大手拓次、三好達治、中原中也、伊藤整ら諸先生の詩を選び続けていた。志水さんの委嘱に対応して
作曲したのが男声合唱組曲『みどりの水母』(原作は5曲編成)である。1976年志水雅一さんの指揮、
京都大学グリークラブ諸兄の演奏により名初演が行われた。
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 卒業後、日本専売公社(現JT)に就職された志水さんも、単身赴任を終えた私も我が国の経済社会
の激変に対応して東奔西走している間に30年の歳月が流れたが、合唱が取り持つ縁でお互いの音信は
続いていた。2010年に志水さんから相談があった。主旨は以下のとおり。
 志水氏:『みどりの水母』の出版予定は?
 多 田:これまでの作品のうちのいくつかは改訂を行った上で出版しようと思っている。
     『みどりの水母』も終曲を改訂するか、一曲加えた増補改訂版を作ってみたいと考慮中だ。
     志水さんの率直なご意見は?
 志水氏:組曲の構成上と演奏上の観点から、永年終曲が気になっていた。ぜひ増補改訂版の誕生を
    期待したい。
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 2011年6月に京大グリーOBで京大グリーOB会の指揮者・藤田正浩さんから、同年2月にハワイで
開催された「ハーバードグリーOBと京大グリーOB会のジョイントコンサート」のCDが送られてき
た。京大グリーOB会の「演奏上の構築性・日本語の歌詩の適切な抑揚感・アンサンブル」の上達ぶり
は見事だった。当面の委嘱作品が完成した直後だったので、終曲に一曲を加え男声合唱組曲『みどりの
水母』(増補改訂版)を同年8月16日に完成させた。(原作の5曲にも隈無く目を通し推敲した)
 原作の5曲は「多くの人の心を通り過ぎる喜怒哀楽を、日本の花鳥風月をもって包み込んだような大
手拓次先生の詩情」に寄り添って作曲したが、増補改訂版の終曲には「(演劇や音楽のエンディングに
古今東西の名作家たちがよく用いる)全作に展開された様々な詩情への追憶と、そこからの昇華」を伝
えようとした「汝がこゑの美しさ」を配した。永年気懸かりだったこの組曲が、私なりによい作品とな
り、安堵している。
 終わりに、この組曲の出版にご尽力くださったメロス楽譜西野一雄氏に、厚く御礼を申し上げる。
2012年12月