メロス楽譜 M2027 第1刷
中也の雨衣(あまぎぬ)
作曲者のことば
多田 武彦
1945年の終戦後7~8年は、戦災後の焼野原の中での食糧難、インフレによる物価の暴
騰、電力不足による停電などが続いたが、学生時代の私の心に唯一潤いを与えてくれたの
は男声合唱曲であった。1950年に京都大学に入学したその年から、京大男声合唱団の指揮
者となった私は、関西学院グリークラブや同志社グリークラブの名演奏を聴くうちに、九
州の雄・西南学院グリークラブのことを知り、福岡や演奏旅行の行われる都市にでかけ
て、西南学院グリークラブの清澄なハーモニーに酔い痴れた。
 京大卒業後は銀行に就職、超繁忙の融資業務に追い回され、合唱指揮活動は不可能に
なったが、恩師の故清水脩先生の指示に従い、日曜作家のつもりで男声合唱組曲を書き続
けた。1993年西南シャントールからの委嘱により『柳河風俗詩・第二』を、1996年には
『三崎のうた・第二』の男声合唱組曲を作曲した。いずれも西南シャントールの名初演に
よって、爾後多くの男声合唱団によって愛唱されてきた。
         #           ♭            ♪
 2010年の夏、「西南シャントゥール12月4日の定演で組曲『富士山』を歌う予定なので、
都合が良ければご来聴頂きたい」とのご案内を頂戴した。
 しかしその年80歳になった私は、生来虚弱体質の上、怪我や加齢現象による体調不良に
悩まされ、主治医から「長距離移動、長時間の観劇・指揮・講演等」を禁じられていたの
で、やむなく演奏会への参上はご辞退申し上げた。
 程なく西南シャントールから十数年ぶりに新曲の委嘱を賜った。今回は中原中也先生の
詩では、とご相談したところ快諾を頂いた。
 最近の演奏会のCDを聴かせて頂いたところ、伝統の清澄なハーモニーと一糸乱れぬアン
サンブル、枝葉末節にとらわれない骨太の演奏は健在であった。
         #           ♭            ♪
 中原中也先生の詩歌による男声合唱組曲は『在りし日の歌』『中原中也の詩から』『冬
の日の記憶』『中原中也の詩から・第二』『中也の四季』の五作品そして今回上梓の『中
也の雨衣』と、昨年作曲した『秋の歌』を加えると七作品となった。
 ご家族のご不幸やご本人の病気の中、常に自然や人生を直視しつつ詩作を続けられた先
生の詩人の魂に、私はしばしば涙し感動し続けた。
 今回の委嘱にあたり、改めて全詩集に日を通して、雨についての先生の詩に感動した。
そして先生がお召しになった雨具を通して雨の様々な態様を描かれたもの、と私なりに推
測し、男声合唱組曲の標題を『中也の雨衣』とさせて頂いた。
 西南シャントール各位の正統的かつ伝競的唱法によって名初演が果たされた。
         #          ♭            ♪
 終わりに、この組曲の出版にご尽力くださったメロス楽譜西野一雄氏に、厚く御礼を申
し上げる。
2013年12月