組曲「観 音」
山崎澍朗 作詩
Ⅰ. 雪観音(ゆきかんのん)
塔堂(とうどう)に ふうわりと雪つもり
風鐸(ふうたく)の上に 雪つもり
冬の光は
あゝ 今日もまた暮れてゆく
境内に ふうわりと雪つもり
木像に雪ふりつもり
あわれ観音に
つめたき花は舞い落ちる
影のごとく
白き御衣(みころも)ひるがえし
聖者はわたしの中に
森(しん)!とたたずむ
かかる寂(しず)かなひとときに
冬のいちにちはすぎ
み寺の庭に人かげもなし
Ⅱ. 白檀香(びゃくだんこう)観音
さっきから
ひぐらしが啼いている
観音の額に
かすかに かすかに
その声が ながれてゆく
白檀の香りの中に
ほのぼのと
み仏のほゝえみしずか
誰もいなかった
誰も知らなかった
人の心のやすらぎは
此処(ここ)にあると
さっきから
しんしんと
ひぐらしが
啼いている
遠くには
ひとすじになる鐘の音(おと)
Ⅲ. 夕陽(ゆうひ)観音
山路(やまみち) 野路(のみち)に夕陽は落ちる
み仏の面(おもて)を染めて み姿のかげ長く
寥ゝ(りょうりょう)夕陽は落ちる
色もなく匂いもなく
かなしき告別の詩(うた)を刻みながら
よるべなき旅人よ
人の世の旅人よ
この世をかなしという勿(なか)れ
沈みゆく落日(らくじつ)も
明日(あした)また昇り来る
流れゆく季節の風も
いつかまた帰り来む
山路 野路に夕陽は落ちるなり
み仏の面(おもて)を染めて
彼方(かなた)に遠く夕陽は落ちるなり
Ⅳ. 山中(さんちゅう)観音菩薩
枯(か)れたすすきのなかに
あなたはいつから立っているのだろう
人も訪(おとず)れぬ山裾(やますそ)に
あなたはいつから立っているのだろう
(きこえてくるのは風の音(おと)…)
合掌するあなたの手のひらに
人ほいくたび 涙を落したことか
永遠(とこしえ)につづく
人それぞれの悲哀(かなしみ)のために‥・…
(その時あなたは泣いていた)
柔らかなあなたの影に
いくたび人は涙したことか
人それぞれの歓喜(よろこび)のために
(その時あなたもほゝえんでいた。)
あゝ 山風(やまかぜ)の中で
観音菩薩よ
あなたはいつまで
立っているのだろう
雪の中にたたずみ,夕焼けの中に黙然と座す
る観音のみ姿に出合う時,私は今日も自分の
恥多き人生をふり返らずにはいられない。だ
が,ひとたびその前を離れたとき.私はまた
雑念の中で生きる私の生活へ帰り,そして埋
没してしまう。……だからこそ,観音の姿は
人の心の故里として今日もあるかもしれない。
一山崎澍朗氏,「観音」によせて-
この曲は龍谷混声合唱団の二十周年の演奏
会(昭和40年)を記念して龍大男声のOBが
多田武彦氏に依頼して作曲されたものである。
●風鐸……仏堂や塔などの軒の四隅などに吊
下けてある青銅の鈴
●観音菩薩……世のひとびとの音声(おんじょう)を観じて
ひとびとをすくう菩薩